国際カップルで「パートナーがASD・ADHDかもしれない」と感じたとき

パートナーをASD・ADHDと検索してしまう背景

By Junko Tomoe, メンタルヘルスカウンセラー

関係がうまくいかなくなったとき、
「もしかしてASDなのではないか」「ADHDの特性かもしれない」
とインターネットやAIで検索する人は少なくありません。発達特性に関する情報は、いまや容易に手に入ります。
チェックリストや体験談を読むうちに、「当てはまっている気がする」と感じることもあるでしょう。心理的知識が広がること自体は問題ではありません。
しかし、国際カップルカウンセリングの現場では、診断ラベルを通して相手を見るようになったことで、かえって関係が硬直してしまうケースが増えています。まず明確にしておきたいのは、正式な診断そのものを否定するものではないということです。
医療や支援の文脈では、診断が必要な場面もあります。けれども、カップル関係の問題解決において、診断が出発点になることは多くありません。関係の中で起きているのは、特性そのものよりも「二人の間の動き」です。
問題の多くは、個人のタイプよりも、関係のパターンにあります。 

国際カップルで発達特性を疑うケースが増えている理由

日本人と外国人のパートナーシップでは、文化差が常に背景にあります。感情を率直に言葉にする文化もあれば、
文脈や空気を重視し、直接的な表現を避ける文化もあります。沈黙の意味、声のトーン、距離の取り方。
その違いが積み重なると、「なぜ分かってくれないのか」という感覚が生まれます。理解できない状態が続くと、人は理由を探します。
そのとき、ASDADHDという枠組みは、非常に分かりやすい説明になります。「特性だから仕方がない」という言葉は、一時的な安心をもたらします。
しかし同時に、対話を止めてしまうことがあります。パートナーを診断名の枠組みで見るようになると、出来事は「特性」というフィルターを通して解釈されます。本来であれば傷つきや戸惑いとして向き合うはずの場面が、
「この人はこういうタイプだから」と整理されてしまう。説明は合理的に見えます。
けれども、合理性だけでは関係は回復しません。理解の代わりに分類が起こるとき、関係は静かに距離を帯びます。 

評価ではなく、尊重から始まる

セラピーの中で私たちが大切にしているのは、相手を評価の対象にしないという姿勢です。正しいか間違っているか、正常か異常か、優れているか劣っているか。
その軸で相手を見ると、関係は無意識のうちに上下の構図を帯びます。関係が苦しくなるのは、特性そのものよりも、
「あなたはこういう人だ」と決められてしまう瞬間です。人は、理解されないことよりも、決めつけられることのほうが深く傷つくことがあります。人は、理解しやすいから価値があるのではありません。
扱いやすいから尊重されるのでもありません。人は、ただ在るということ自体に、価値があります。その前提があるとき、対話は少しずつ回復の方向へ動き始めます。 

診断よりも、関係性を見るカウンセリングとは

カップルの関係を立て直す鍵は、
二人の間で何が起きているのかを丁寧に見つめることです。どの瞬間に距離が生まれ、
どの瞬間に近づけるのかを理解すること。問題はしばしば、「関係のパターン」にあります。診断ラベルは個人を分類し、AIは情報を整理することができます。
けれども、その場で流れている感情や力学までは扱えません。ラベルを外したとき、目の前にいるのは、分類された存在ではなく、一人の人間です。その人の戸惑いや揺らぎに、もう一度目を向けることができたとき、
関係は静かに、しかし確かに動き始めます。 

この記事に興味をお持ちの場合は: https://refugiumtokyo.com/mental-health/bfmjs9hwt4wggxcp6cekc4a2yj68a5

Next
Next

The Power of Empathy